経営者の戦い

honda (9)日本の自動車メーカーを外国から保護するためにメーカーの統合合併を推進、独自生産をする企業に強い制限を加えて、参入を阻正しようとした。
早くいえば、「トヨタ・日産以外はどちらかに入れ」というものだった。
四輪車進出という長年の夢を断たれそうになって、経営者本田宗一郎の「逆境にあふれ出てくる力」と「自主反骨精神」が呼びさまされて国家を相手に闘うことになる。
「あれくらい癪にさわったことはなかったね。自分の商売の邪魔をするもの、上から押さえつけようとするものにはあくまで抵抗したね。
また民間も悪いんでね。自分の商売を官庁の人に指導されるような人は、やめてもらったほうがいいな。
二度暴れましたよ。あのとき私が暴れなかったら、私は通産省に潰されている」
その相手は、のちに国士型次官といわれ、大物の政治家であろうが財界人であろうが、直言することをはばがらなかった佐橋滋企業局長だった。
さすがの宗一郎も心配になって、一升瓶をぶら下げて次官室に行ったり、周りがとりもって、料亭で官僚たちと仲直りしようとしたが、その夜、佐橋が、
「われわれは国家のためにがんばってるんだ」
と胸を張ったのに対し、宗一郎がまたカチンときて、
「国家とはなんだ。国民あっての国家じやないか。俺は国家から一銭ももらってはいない。国のために尽くすのは、戦争以来もうたくさんだ。国家なんて言葉は軽々しく使わないでくれ」
と啖呵をきり、周りにいる芸者たちに向かって、
「あんたらは国家のために芸者をしているのか? 自分のためにやってるんだろう?」
すると芸者たちは囗をそろえて、
「そうよそうよ、自分のために決まってるわよ」
高い識見をもち、良心的な官僚であった佐橋は、この「共同戦線」には内心こたえたと思われる。流れは変わった。

経営者本田宗一郎の真髄である。